江戸の不二
ご存知のようにこの版画小品集は、もともと新年を迎える折に友人やお客様への挨拶状として制作したものです。年賀状という言葉があるのですが、私はできればこの単語を使いたくないのです。なぜなら、私が制作するのは、様々な意味で年賀状と異なるからです。
まず最初に、私は、アジア地域の暦として伝統的に重要な意味を持つ干支を、絵の題材として用いません。つまらないことにこだわると思われるかもしれませんが、私は西洋の占星術というものが根っから嫌いなので、ちょっとでもそれに関連のあるようなことは、どうしてもする気になれないのです。
ふたつ目の違いは、年賀状に書き入れる事の多い挨拶の文章を、私は絵の中に含めたくないのです。ちょっと身勝手かも知れませんが、美しい作品を、ありふれた「新年おめでとう」という言葉で台無しにしたくないからです。
中でも私の挨拶状にあるはっきりした特徴は、新年を迎えるのはめでたい出来事であるという感覚が私にない、ということかもしれません。それで、新年とはちょっとちぐはぐな題材を選んだりするのでしょう。これは、良い例かも知れません。ちょっと「薄暗い」印象を持たれる方もいらっしゃることでしょう。
今回の作品は、たくさんある葛飾北斎の本のうち最も有名な、「富嶽百景」からのものです。墨の濃淡だけで摺られている版画のみで、色は一切用いられていません。もう何年ものあいだ、この本をじっくり見てきましたが、 ページを開く度にはっとさせられます。 こんなに制限された色彩で、 これほど豊かに情景や雰囲気を表現しているからです。
ですから、「薄暗い=物悲しくて陰気」などという考えは打ち消してください。ちょっと次のようなことを思い出していただくと、この版画の味わいが深まるかもしれません。カラーテレビなどという存在がなかった時代には、旧式のテレビ画面に映るどんな物だってごく自然に見えていた、そうだったじゃないですか!
David