デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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「忘れられた美」 その5

今までこの「ドキュメンタリー」シリーズで私たちが「見て」きたのは、伝統的な作品を復刻する職人という面から捉えたデービッドでした。今回は、オリジナル作品を創造する版画家としてのデービッドをご紹介します。

「伝統木版画の忘れられた美」
「第5話 方向転換」

場面1 [カメラ] この場面は、岸に打ち寄せる波を映し出して始まる。カメラがゆっくりと移動して、情景を見せていく。目の前に海が広がり、海岸線は長く人気(ひとけ)がない。海岸に迫る崖が背後にあり、上空には気流に乗って飛翔する鷹が数羽見える。砂の上に足跡が見える。それは裸足の足跡。カメラが辿っていく。

足跡は海から海岸に上がり、カメラは進む方向を追っていく。テントがある。小さな青いテントが、茂みに保護されるよう入り口を海の方に向けて設置されている。入り口のフラップは開き、携帯ガスコンロなどが見えるが、人の姿は見えない。

カメラは再び海岸を映し出し、キャンプをしている人を捜す。いた! 海に張り出すいくつもの大岩が近くに見え、その端の方に座っている。髪の毛が風になびき、座って海を見つめる表情は穏やかだ。

[デービッド:語り(「自然の中に心を遊ばせて」より抜粋)] 「今朝の天気予報によると、続く24時間は天候が著しく変化するのではっきりした予想はできないとのことだったが、現在のところは白い雲がちらほら浮かんでいるだけで気分を腐らせるような兆候はない。 ... とにかく僕は、今こうして広大な空間に囲まれ、得も言われぬ開放感を味わっている。」

[カメラ] デービッドの姿が次第に薄れ、テントが映し出される。デービッドが携帯コンロを使ってお茶を湧かしながら、場面には映らない訪問記者と話をしている。

[インタビュー] 「いつ頃からここに来るようになったのですか。東京からこんな近いところに、こんな人気のない海岸があるなんて、まったく知りませんでした。ここは...

[デービッド] (慌てて遮る)「だめだめ!ここがどこか公開してはだめですよ! 大変な思いをしてやっと、人の来ない僕だけの場所を探し出したんですから。(笑)このままの状態にしておきたいんですよ!

「初めて来たのは1996年頃で、以来何度も来ています。僕は自然の中にこういった僕だけの場所をいくつか見つけていて、時々仕事から離れるんです。テントと必要品だけを持って、仕事から完全に自由になります。たいていは昼頃目的地に着いて、そこで一晩過ごし、翌日もほとんど動かず、24時間が過ぎると家に戻ります。

[インタビュー] 「いつもお一人ですか? ここにいて何をするのですか?」

[デービッド] 「ええ、いつも一人です。そこが大事な点なんですよ。私たち現代人のほとんどは、一日中音にまみれて忙しく暮らしていますから、じっと静かに座ってなどいられません。でも僕は、時折こういった時間を持つことがとても必要なのです。ここに来ると、何もしません。もちろん思考を止めることはできませんが、少なくともあちこち調べて走り回ったり、『忙しく』していようとしたりはしません。ただ座って、じっくり景色を楽しむだけです。

[インタビュー] 「一人っきりでこんなところにいるのは、ちょっと恐くないですか?」

[デービッド] 「僕は男ですから、特にどうということはないですよ。『野生動物』のことをおっしゃっているのなら、人間を襲うような生き物はいませんから。僕にとっては『野生の生き物』が、むしろここへ来る楽しみになっています。静かにじっとしてさえいれば、ものすごく色々な生き物が、間近で見られるんです。」

[カメラ] デービッドがキャンプをしている入り江の全体を映し出す。はるか下の方に小さなテントが見える。とてもいい天気で、カモメが飛び、岸辺では穏やかな波が安定したリズムで、寄せては引いていく。画像がだんだんぼやけていき、見ている景色が変容し......まるで同じ景色が、版画になって現れる。 [場面変更]

場面2 [カメラ] 川辺の景色で始まる。流れの上の方の水が小さなさざ波を立てている情景がアップで映る。カメラが上向きに動いて広く川面を映し出し、やがて景色全体を見せる。そこは深い谷で、濃い緑に覆われた斜面が水辺に迫っている。川岸に沿って景色が映る。大岩がいくつもせり出している場所もあれば、砂浜のような場所もある。青いテントが再び姿を現す。前回同様フラップは開いているが、誰もいない。

すぐにデービッドが見つかる。川の流れが見渡せて日当りもいい岩の上は、彼のお気に入りの場所になっている。そこで岩に身を任せて座り、ノートに何やら書いている様子が映る。

[デービッド;語り(「自然の中に心を遊ばせて」より抜粋)]  「一連の小さな冒険物語を書き始めるのに、自分の思うように場所をデザインするとしても、これ以上うまくはできないだろう。谷は深く、壁面は急傾斜でこんもりと木が茂っている。空を見渡すには、大きく首を傾けなくてはならないほどである。目の前の川は、歩いて通れるほどの浅瀬もあれば神秘的なまでに深さをたたえているところもある。緑に覆われた谷の壁面に沿って、様々な姿を見せながら流れている。緩やかになったり急になったり、のらりくらりしているかと思えば荒々しくもなる、というように。対岸には、砂利が幅広く堆積して土手を作っている。おそらく台風の季節に流れが運んで作ったものだろう。一方、私が今立っている側は様相がまるで違う。大きな石ばかりで、丸みをおびているのもあるし、崖から崩れ落ちてきたようなのもある。」 

[カメラ] デービッドの映像は次第に薄れ、テントが映し出される。何か道具をいじりながら、インタビューに答えている。

[インタビュー] 「どうして『僕だけの場所』なんておっしゃるのか分かりました。ここはまるで人気(ひとけ)のない場所ですね。それなのに、完全に都内ですよね!」

[デービッド] 「そう、驚きでしょう! ここは、僕が『逃げ込む』もう一つの場所です。僕は3か所見つけてあります。海辺はご覧になりましたよね。そしてここは川辺です。後で森をご紹介しましょう。それぞれの場所に持ち味があって、やってくる動物も鳥も違いますが、どれも僕とゆったりした時とプライバシーを分かち合うんです。」

[インタビュー] 「あのう今日は、キャンプするのにちょっと寒いですよね。」

[デービッド] (笑)「あの大岩の上に座っているときは、そんなことなかったですよ!太陽に温められていましたし、近くにある木が風避けになっているんです。今日が寒いなんて言うのなら、2月にも僕と一緒に来なくちゃ!」

[インタビュー] 「冬にも来るんですか? キャンプに?」

[デービッド] 「もちろんですよ!友達から聞いたことがあるんです。『悪天候なんてないんだよ。衣服の選択が間違っているだけさ。』ってね。僕の場所へは、四季を通じて行きます。もちろん、台風が来るようなときには行きませんが、悪天候に左右されるようなことは、まずないですね。色々な天候のときに、この狭い場所で眠りましたよ。土砂降りの雨のとき、水際に氷が張っていたとき、濃い霧の日、絵に描いたような晴天の日には何度もね。

「ここのところが僕のキャンプの醍醐味でもあるんです。様々な季節や天候のときに、それぞれの場所がどんな状態なのか分かりますから。真冬の雲一つない夜空に出る満月を、見たことがありますか? これを見逃す手はないですよ!」

[インタビュー] 「はあ、そうですかねえ......。ずいぶん寒そうですがねえ......。」

[デービッド] 「熱いスープができましたから、どうぞ。飲んだら気が変わりますよ! 気乗りがしなくても、僕は一向に構わないんです。来る人が少なければ、それだけ静かな状態が保てるんですから。」

[カメラ] 再び水が大映しになる。青緑の水が下り坂を勢いよく流れ落ちて、弾けるようにたくさんの泡を立てている。水の流れを見ている視聴者は、催眠状態になる......。画像がぼやけて変容してゆき......正にその場所を版画にしたデービッドの作品が映し出される。 [場面変更]

場面3 [カメラ] このプログラムの最後は、森で撮影される。季節は秋の様子。空は青く、鳥の鳴き声がたくさん飛び交っている。カメラは移動しながら森の様子を映し出していく。

いくつもの場面が次々に大映しになる。森の土から頭を出すキノコ、倒木の見せる美しい木肌、大きな木の葉を運ぶアリ。遠くの方から音がする。誰かが落ち葉の絨毯の上を歩く音だ。

カメラが森の中を見渡していくが、誰もいない。すると時折、木の幹の間にチラリチラリと誰かが見え隠れする。テントに戻ってきたデービッドだ。

[インタビュー] 「すごいですねえ。一緒に家を出てから少ししか経っていないのに、もう完全に森の中です。下にある町の騒音はまるで聞こえないですね。」

[デービッド] 「そうなんです。すぐに森の雰囲気に包まれます。でも夜になってテントの中に座っていると、聞こえる音があるんですよ。夜に流れるチャイムの音が遠くの方から聞こえてくるのです。なんだか懐かしい気持になりますよ。

「海辺や川辺と比べると、この森林地帯は『僕だけの場所』の中では一番静かです。絶えず聞こえる水の音で気が散ることがありませんし、深い思索に耽ることができるのです。」

[インタビュー] 「どんなことを......」

[デービッド] 「こういうキャンプを始めたばかりのころは、くつろぐことが目的でした。でも、数年前ごろから、版画制作に使えるすばらしいテーマがあると気付き始めたのです。

「美しい場所が3か所あって......四季が巡る......もうこの思いつきに抵抗できませんでした。そして、この「自然の...」の版画シリーズを作る推進力となったのです。この企画は12作品から成りますが、『ただの版画』以上のものです。ちょっと前に僕のノートを見せましたよね。次の作品と一緒にする話の材料を集めているんです。」

[インタビュー] 「『話』とおっしゃいますが、フィクションですか?」

[デービッド] 「いえいえ、そうじゃないです。毎回キャンプをしているときに『起きた』ことを綴っているのです。さっき話したように、毎回その場所に24時間いますから、たくさんのことを観察したり体験したりするんですよ! とても静かでなにも起きないこともありますが -- 花が開くのを見つめているみたいにね -- 鷹が川に飛び込んだと思うと魚を捉えていることもあるし、ムササビが対岸の木まで川を飛び越えるなどという、ものすごく感動的な場面を見ることもあるんです。僕のノートはそんな記述でいっぱいです!」

[インタビュー] 「すると、家に戻ってから体験したことを元に、版画を制作するという訳ですね。」

[デービッド] 「はい、その通りです。でも私の作品は動的なものではなく -- 水に飛び込む鷹なんて画きませんから -- それぞれの季節にそれぞれの場所で見られる静かな様子を表現しています。」

[インタビュー] 「デービッドさんとしては、ずいぶんと大きな方向転換ですね。昔の版画を復刻することから、完全なオリジナル作品になったのですから。経過はどうですか?」

[デービッド] 「僕が今まで体験した中で一番の難関ですよ! もちろん、今まで芸術作品は数多く目にしてきましたよ。見る機会には恵まれていますからね。でも自分で創造するとなると、話は別ですから。

「考えてみてください。ある子供がある国に生まれて、その国の言語を毎日耳にして育ちながら一度もしゃべったことがないとします。そしてある日突然、口を開いてその言葉をしゃべろうとしたら、自分の考えをうまく表現できるでしょうか?

「僕の場合は、僕にとっての『新言語』でどのくらい表現できているか、まだはっきりつかめないのです。このシリーズを収集している人たちからの評判はとてもいいので、努力が無駄になっているとは思えないのですが。」

[インタビュー] 「12枚の作品はほぼ完成していますよね。この次もオリジナル作品を作るのですか?」

[デービッド] 「その点に関しては、まだ何も決めていません。でも今後、オリジナル作品の制作は持ち札のひとつとなるでしょう。あらゆる種類の作品を作りたいんですよ。ですから、今までの復刻作業も捨て難い。来年ですか? 間もなく、はっきりするでしょう!

[カメラ] 木の根元が大きく映る。きっとアリたちが行き来していることだろう。幹の模様がはっきり見える。そして以前と同じように、画像が少しぼやけて変容し......、まったく同じ景色がデービッドの版画となって現れる。そして本が閉じ、装飾のある表紙が次第に消えてゆく。

[第5話終了]

最終回となる次回の第6話では、デービッドの将来についてと、彼が長年続けてきた職人仕事の話題で締めくくります。

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