--- To the Beauties of Four Seasons Opening Page ---

「冬」

 皆さんお気付きのことでしょうが、「冬」という言葉は四季のひとつを意味するだけでなく、人生における季節としても用いられます。このシリーズ、これまでの3枚は、どことなく若い感じのする女性達でした。美人集と聞けばこういったタイプの女性を予想するのが普通でしょう。でも、美しさは若い女性だけに独占される世界ではないと...。

私が20代の頃、目に入ってくる女性といえば、ほぼ同世代の人でした。そして、50代の女性を美しいと思うことなど、おそらくあり得なかったことでしょう。ところが、それから30年が過ぎて自分がこの年代になってみると、この歳頃の女性にある美しさが見えるようになったのです。こんな風に自分の見方がいろいろと変化してゆくのなら、もう30年が過ぎて私が80才代になった時には、どんな見方をするのでしょうか。おやおや、収集家の皆さんに「美とはなんぞや」などと論じるなんて、自分の出る幕を間違えたようなものですね。とにかく、初めてこの作品を見た時には、一瞬にして心を奪われ、きっとこの手で復刻しようと決心したのです。

4、5年前のことです。私は神保町の古本屋街で店内を覗きながら物色していました。傷の付いた版画を修復するための古い和紙を探していたのです。とある店で、破けて売り物にならないような版画がないか聞いてみると、「あそこにある不良品の中にあるかも知れないよ...」と引き出しのひとつを示されました。その中から使えそうな紙を何枚か抜き出していた時、この絵が底の方に埋まるように入っていたのを見つけたのです。店の人はこの版画について何も知らず、作者も出所も皆目わからないとのこと、絵には署名も落款もありません。彼も私も、見た事のない画き方の作品でした。どうやら写真を再生した版画のようで、技術的観点からみて、作家が自分で作ったというよりもプロの職人が制作した物のようです。いつ頃作られたものかを判断するのは難しく、紙の種類や古さ、それから制作技法を細かく観察しても、大雑把に20世紀の中頃としか言えません。

この版画に出会って以来、日本国内のみならず世界中の版画家や業者、そしてギャラリーなどでも尋ねてみましたが、この絵について少しでも手掛りとなる情報を提供できる人は、ひとりも見付かりませんでした。でも私は、この絵自体に関しての資料をいくらか得ています。布や刺繍について情報をインターネットで調べてみると、帽子にある刺繍の模様から、まず間違いなく中央アジアのトルクメニスタンの女性と思われます。この地域について詳しい人達と意見を交わしていると、こんなことがわかりました。こういった絵は20世紀中頃のソビエトに於いて、少数民族が明るい前途に満足している表情をしている例として、政治的な宣伝材料によく使われたタイプの絵だというのです。とするなら、ソビエト時代の写真が、どこをどうして東京の古本屋のがらくた用引き出しまで辿り着いたのでしょうか。私には、まるで謎です。

例の古本屋は、引き出しの中から私が選んだひと束を、数千円で譲ってくれました。ですから、この版画は現在私の所有物です。でも、だからといって、私にこの絵を使う権利があることにはなりません。いくら私が、この絵を自分のシリーズに使いたくても、許可を得る相手が見つからなれば、使用できないはずです。にもかかわらず、私は見切り発車で復刻することに決めてしまいました。許可が必要になったら、それは後からなんとかしようと考えたのです。

もうすぐ始まる展示会で、「四季の美人」全部を一般公開すれば、会場に来る方達の中から、この未知の空白を埋めてくれる方が現れるかもしれません。そして、この版画のオリジナルを作った人(あるいはその方の御子孫)と話をする機会が得られれば、きっと理解していただけると思うのです。この作品を復刻して、収集家の方達のみならず世界中の人達に紹介したいと願ったその心をです。がらくたに混ざって引き出しの中で朽ち果てることを考えたら、どんなにかこの絵の未来が明かるいものになることだろう。私はこう考えるのですが...。

平成16年12月

David