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「あらはるる恋」

暦の上では数ヶ月が流れ、今は夏の盛りとなりました。絵の方も数世紀ほど跳び、前回の平安風から江戸時代ならではの作風に移ります。  1780年代から90年代にかけて、蔦屋重三郎と喜多川歌麿はたくさんの版画を協同制作しましたが、そのほとんどは美人画です。そういった作品のうち、婦人相学十躰という揃物はとても人気がありました。浮気の相・面白キ相などといった題が付けられていて、女性の性格を表現しているシリーズです。おそらくこれが受けたからでしょう、様々な恋をしている5人の女性を表現した類似の連作「歌撰恋の部」を続刊したのです。付された題は、物思恋・深く忍恋・夜毎ニ逢恋・あらはるる恋・稀ニ逢恋です。私が今回選んだのは4つ目、隠していたのに知られてしまった恋でしょうか。

自分の作品にする都合上いろいろと調べている時、私は、歌磨と版元のふたりがこのシリーズで何を表現しようとしたのだろうかと、5枚の絵をていねいに観察してみました。ところが正直なところ、彼らの狙いはほとんど読み取れなかったのです。この絵にある女性の「あらはるる恋」は、絵の中のどこから感じ取ればよいのでしょうか。そこで私は、こう考えました。絵だけを頼りに、創る側から見る側に細かな心理状態を伝えるということは、無理なのではないかと。言葉で書かれているのであれば、もちろんとても良く分るでしょうが、ここにあるように絵だけを提示されたのでは、どんなものでしょうか。とても可能だとは思えませんでした。

この仮説について調べるため、私はこの5枚の版画を使ってちょっとしたクイズを作ってみました。絵と題を切り離して準備し、それぞれ適合する組に結び付けてもらったのです。このクイズには150人以上の人達が参加したのですが、誰ひとりとして全部を言い当てることはできず、ほとんどの人は、せいぜい1つか2つに正しい解答をしただけでした。この絵に限って言えば、156人中正解はたったの30人ですから、偶然に当たる確率とほぼ合致します。

どうしてこのような結果が出たのか、それにはいくつかの理由が考えられます。歌磨は絵が下手だったのだろうか?—そんなばかなことはありえませんよね。200年以上も過ぎているのだから、文化がどんどん変化して理解ができなくなってしまったのだろうか?—確かに大きく変わってはいるでしょうが、基本的な人間の情動までも変わったでしょうか、そんなはずはありません。おそらく、あまりに微妙な感情の動きを絵に求め過ぎているのでしょう。これが最も妥当な理由だと思います。嬉しいとか、悲しいとか、怒っているとかといった基本的な感情ならば、もちろん絵に表現して伝えることはできると思います。でも、それ以上の深いところとなると、私達がすでに知っている話や出来事に結び付けて画かれた絵である場合にしか読み取れないのです。例えば、ある絵に画かれているのは物語りの登場人物だということに気付いたとします。そうすると、絵の中にある人物のかなり深い心情までも読み取る下地が用意されるのです。なぜなら、話の内容はすでに知っているので、その絵の中に見ることは予測しているからです。ところが、なんの脈絡もなければ手掛りがありませんから、本来の意味を読み取るためには、作品の題という書かれた言葉に頼るしかありません。

クイズの正解率が良くなかった理由としては、もちろん他にも考えられます。木版画ではそこまで深い表現ができない、というのもそのひとつかも知れません。こういった絵の場合、鼻も目も同じ形にしなければならないし、顔の角度も常に決まっています。感情を表現しようとしても、ごく限られた手段しか残されていないのです。それなのにここまで画くとは、驚嘆に値します。

こうして書いてきたことについては、各自それなりの見方があることでしょう。事実ある友人などは、議論しているうちに、笑いながらこんな面白い事を言いました。「ディブ、君は職人で、芸術評論家じゃないんだろう。歌磨の仕事は絵を創りだす事、見る側としての僕の役目は彼のメッセージを受けとめる事、そして君の仕事は彫って摺ることだろう。分析の方は僕達に任せて、さあ作業台にもどったもどった。」これには、「かしこまりました!」としか返事のしようがありませんでした。  

装飾性豊かなこの版画、気に入っていただけると良いのですが。そうそう、私がこの絵を選んだ理由を説明していませんでしたね。着物にあるぼかし模様が細やかで、しかもそれが幾重にもなっていて美しいから。細かい髪の毛の生え際は重ね摺りになるので、それを彫って摺るのが非常に難しい。ひとつこれに挑戦してみたかったから。彼女の姿を浮き出たせる紅雲母が煌めいて美しいから。そして何よりも、絵全体が穏やかで優美だからです。私にはまだ、この絵から「あらはるる恋」を読み取ることはできませんが、美しさは感じ取れるのです!

平成16年8月

David