墨をする官女

版画職人デービッドがお送りするシリーズの、やっと3つ目になりました。ここに、その第1作目を紹介いたします。百人一首シリーズに10年、続く摺物アルバムに5年、そして今年はちょっと趣向を変えた新シリーズに取り組みます。とは言うものの、この第1作は以前のどちらのシリーズに属してもおかしくない絵です。短冊に歌を詠もうとしている平安時代の官女、しかも歌が付いているのですから江戸時代の摺物の典型でもあります。

作者は、左の方にある落款と署名が示す八島岳亭、美しい摺物を作ることでも知られている人です。この版画がいつ頃作られたのか、正確なところは判りませんが、おそらく1820年代と思われます。扇の形をした摺物はとても珍しいのです。というのは、この形をした版画はたいてい消耗品だったので、丁寧に作られ大切に扱われた摺物には相応しくない形状だったのでしょう。でも、この作品を作った時には、扇に用いるなどということは念頭になかったでしょうし、... 皆さんも、そう考えてくださいますよね!

ところで、「四季の美人」シリーズの最初になるこの作品に添える話はどんなものが良いでしょうか。そう、決まってますよね。でも、収集家の方達の多くは今頃ちょっと困惑して、「デービッド...、美人の版画シリーズを作るって言ったよねえ、だから当然 ... 、そのう、... 美人を選んでくれると思っていたんだけどなぁ!」などと、つぶやいていらっしゃるかも知れません。その通り、この女性は美人?ひっかかるところですよね。

Face closeup 美人を論じる時には、内面の美なども考慮されることがありますが、伝統木版画は装飾品として作られるのがほとんどですから、心理的な要因までも含んでいることはありえません。ですから美人画には、着物や長い黒髪や顔といった外見的に美しいとされる要素が画かれているだけです。現代なら、ファッション雑誌や化粧品の宣伝に出て来る人達になるでしょうか。余り深く考えることなく、ただ単純に「綺麗!」と感じるように作られているのです。

典型的な美人画の対象は、若い事、瑞々しい肌である事など、ほぼ例外なく理想的とされる美の条件を兼ね備えています。面白いことに、それは時代によって大きく変化しています。衣服の流行など、時代はおろか年毎月毎に変化することは万人の知るところですが、ある時代に美しいとされた女性が別の時代には見向きもされない、ということも実際にあります。

数年前、地下鉄に乗っていた時に、とても印象に残る事がありました。私の向かい側に、歌磨の版画のモデルだったのではないかと見紛う程の若い女性が座っていたのです。面長で口元は小さく、その他の細かな特徴は正確に指摘できないのですが、もう間違いなく、彼女のおばあさんのそのまたおばあさんは歌磨の前でポーズをとったことでしょう!

ここで最も興味深い点は、昔の時代に画かれた有名な美人画を連想させるこの女性が、現代ではあまり人目を引かないような顔だちなのです。かつての女性美の典型とも思えるにもかかわらずです。

私達が、こういった版画にある美人に関して困惑する別の要因として、現代人の目からすると奇妙に思える化粧法があります。眉毛を剃って、おでこのあたりに別の眉毛を描くやり方です。私には、どうしてこれを魅力的と考えたのか解らないのですが、未来の人が現代の女性達の化粧を見れば、まったく同じ事を思うことでしょうね。

異なる時代の芸術作品を鑑賞する時には、それが本であれ音楽であれ、その時代の感性に波長を合わせて見ようとする姿勢が必要です。もちろん、「遠くの過去は他の国」とも言えるでしょうから、完全にそのような見方をする事など無理でしょう。でも、このような鑑賞の仕方をすれば、少なくとも「ところ変われば流儀も変わる」などと見えてくる部分もあるはずです。

そして、今ここに1820年代の版画があり、当時の女性美のありようを伝えています。力点はもちろん人物ではなく着物、それが当時の女性美を表現する一般的な方法でした。この力点がどのように変化してゆくのか、この4枚のシリーズで順に見て行く事にしましょう。

今年の企画への参加、ありがとうございます。私との旅をお楽しみください!

平成16年 6月

デービッド